IBMの「インターネット・ビジネス・マシン」運動について
皆さん、こんにちは。
ぬこファクトリー株式会社です。ずいぶんブログの更新が滞ってしまいました、申し訳ありません。今日はずっと前にお約束していた世界の巨大企業「IBM」が取り組んだ”草の根ブランディング運動”についてのお話をご紹介しましょう。
IBM=「インターネット・ビジネス・マシン」?
こう書くとある一定の年齢のビジネスマンで尚且つ、IT業界でキャリアを積んで来られた方はまゆをひそめられるかもしれませんが(笑、今はこれがスタンダードなのです。これは実際の参考文献の中から引用したほうが正確ですのでご紹介しましょう。少し長いですがお付き合いを。
一時危機に瀕したIBMがルー・ガースナーという会長を得て見事に再生したが、IBM復活の裏にはもう一人の立役者がいた。彼の名前はディビッド・グロスマンという中堅社員であった。
インターネットの時代が来ると直感したこの社員は、当初一人で「インターナショナル・ビジネス・マシン(IBM)」という名の会社を「インターネット・ビジネス・マシーン」という会社に変える運動を始めた。そしてこの運動が会社の中でだんだんと賛同者を得て広がっていったという。
上層部はあるときこの運動を正式に会社の組織化した運動にしようかと考えたらしいが、ガースナー会長はむしろこの社員たちの自発的な動きに枠を嵌めず、見てみぬふりをし、火の手のように広がるに任せたという。そして結果としてIBMは大型コンピューターの会社から、インターネット時代を支える企業に生まれ変わることに成功したという。
引用元:神谷英樹著作 亜紀書房発刊 ニューヨーク流たった5人の大きな会社―我々の仕事・考え方― Ⅱ-2-3 リストラに終わりはない P141~P142まで抜粋
ここからさらにIBMはパソコン事業すら売却し、世界をあっと驚かせました。IBMほどの巨大企業が、自ら変化することを選んだきっかけが誰でもない、たった一人の社員の思いつきからだったということに感動と驚きを覚えませんか?
トップダウンだとどうしても「やらされている」という感覚が拭えませんが、自分たちが自分たちの会社を変えようという意識を持てば、そのブランドはイメージと実態がズレることなく世の中に受け入れられていくことでしょうね。
ちなみに今回ご紹介した本はアマゾンでも購入出来るので是非読んでみて下さい。ブランディングの参考になる話も沢山載ってますし、都銀のバンカーだった神谷さんがなぜニューヨークで投資銀行を設立することになったのかワクワクするようなエピソードばかりであっという間に読み進められること請け合いです。
それではまた次回。